日々是好日 (お侍 拍手お礼の三十四)

        *お母様と一緒シリーズ
 


お侍様がたへ“詰め所にお使いを”と提供された古農家は、
そもそもは由緒のあった血筋の者が住まわっていたものか、
三和土
(たたき)の土間の上へ框を設けての、中央に囲炉裏を据えた板の間も、
その次の間、天井裏や壁収納のある居室も、
結構広く、こざっぱりとしていて使い勝手もよく。
そこにほぼ常駐なさっておいでの惣領様を始めとする、
七人のお侍の皆様が日々の生活に必要なあれやこれや。
ここに戻れば大概 間に合うようにと、
きっちり不備なく準備をしておいでなのが、
惣領様の補佐役でもある金髪長身の槍使い殿。
備品・物資の補充を始め、
仮眠を取るための次の間には、出来るだけ清潔な夜具が常時整えてあるし、
お茶の用意や雨になれば着替えの準備も万全で。
屋内の掃除もまめにこなすし、お洗濯にも精を出すし…と、
くるくるとよく働く様は、まさに“三面六臂”の活躍ぶりで。
しかもその上、よくよく気がつくお人でもあり、
個性豊かなお仲間さんたちを、それとなくながらもしっかりと把握しておいで。
これぞ自分が呼ばれたその正念場だと、
弩の作業場で何かが憑きでもしたかのように作業の手を止めぬ工兵さんへは、
口やかましいほど“休め・眠れ”とお声をかけるし。
言葉が足らない惣領様の意を補ってのこと、
少しでも話題に上がったならば、それをもって“褒めておいででしたよ”と、
心の行間を読み取るのがまだまだ無理な若いのへ、
こそり囁いてやるのを忘れないし。
時々暴走しかねぬ誰かさんへは、彼を子分とする小さなお嬢さんたちへ、
“すみませんが今日いちにち構ってやって下さいませんか”と、
さりげなく嗾
(けしか)けもし。
そんな自分をちゃんと見守って下さってる、もうお一方の壮年殿へは、
“大丈夫ですよ”と元気元気なお顔で微笑って見せるのを忘れずにい。

 ―― そしてのそれから

気配もなくのただ黙々と淡々と。
惣領様から頼まれた弓の習練と、こちらは自発的な哨戒とをこなす、
寡黙で無口で幽玄な。
言葉少なにも限度があろう、金髪赤眸の双刀使いさんへは。
何も言わない分をこちらから大きく踏み込んでの、
それは細やかな気遣いをそそいでおあげのおっ母様。
最初の内は要らぬ世話だと意に介さないでいたものが、
少しずつ絆
(ほだ)されて下さったか、
今ではそのなで肩へ、おでこをグリグリ擦りつけに来るほどの懐きよう。
くるくると雑事に働いておいでなのを手伝うこともしばしばで。
刀を操るおりの冷然としたお顔とは、あまりに落差のあるその思慕崇拝っぷりへ、
そのうち“お嫁に来て”とか言い出しませんかねと工兵さんが笑ったところが、
『………。』
憤然となったり否定したりはしなかったというから…推して知るべし。
(苦笑)



そんな働き者のおっ母様を、今日も手伝っていた次男坊。
カンベエ様が午前の見回りに出られた隙にと、
板の間の砂を払って雑巾をかけ、
囲炉裏の灰を整えて、自在鍵から下がった鉄瓶の湯を確かめる。
毎日のこととて もう既に手慣れたもので、
あっと言う間に終えてしまわれるおっ母様へ。
雑巾を洗っては手渡したり、
土間の片隅に積まれてあった炭の束から2、3本、新しい炭を持って来たりと、
こちらさんも慣れたこととてお手伝いをこなしていたキュウゾウだったが、

 「? どしました?」

ふと、見やれば今日は何度も耳へと手をやっておいで。
本人も気づかぬままの、無意識のしぐさであるらしく、
さては何だかくすぐったいのかなと、気を利かせたおっ母様。
囲炉裏端の定位置、円座にゆったりと正座をすると、
「キュウゾウ殿。」
「?」
若木のような痩躯へ向けて、おいでおいでと手招きをする。
その表が濡れて見えるほどのつややかに、きっちりと結われた髪をいただいた、
色白なお顔は嫋
(たお)やかな造作の細おもて。
この愛想で微笑って回れば、さぞや女性が放ってはおかぬだろう、
そんな屈託のなさを滲ませて、目許をやんわりと細める彼であり。

 「…。////////

ほら、此処でも。
金髪白面、せっかくの端正なお顔が勿体ないほど、
いつだって仏頂面しかして見せない…筈の、
紅のべべ着た死神とまで呼ばれてた、国士無双のそれだろう練達の剣豪様が。
白い頬に朱を滲ませて、口許をうにむにと咬みしめながらも。
白い御手でのそのお誘いに、そりゃあ素直に吸い寄せられてる。
その裾の長い衣紋の切れ込みから、小さめのお膝を覗かせて、
土間から框を上がって来た彼へ、
「ほら、ここへ。」
おっ母様がぽんぽんと、手のひらで軽く叩いて見せたは、
囲炉裏の前へ揃えられたる自分のお膝。
お耳が痒いようだから、お掃除しましょと構えて下さったらしくって。
とはいえ、成功率は五分と五分。
さすがに無防備な態勢になっての耳をいじられること、
それだけはかなわんとばかり、
野生の猫もかくやという勢いで逃げ出すこともある彼で。
だが今日は、案外と素直にとことこ寄って来てくれたので、

 “…おや。”

ここまで懐いて下さったかと、
この反応へは、正直、意外さを覚えたシチロージでもあって。
さあさ此処ですよと、
邪魔にならぬよう、両手を上げてのお膝を空けた、おっ母様だったものの。


 「………あの、キュウゾウ殿?」
 「////////。」


そのお膝の上、それもまたそれで器用なことに、
彼もまたお膝を揃えての正座にて、ちょこりと乗っかって来ようとは。
その突拍子のないところ、これでも相当慣れて来たと思っていたおっ母様でも、
さすがにこれへは…予想することさえ難しかったことのようでございます。

 “相変わらず軽いなぁ…。”

そっちかい、おっ母様。
(苦笑)





  ◇  ◇  ◇



陽盛りの中なんぞだと、白いお帽子をかぶっている人は偶にいる。
手ぬぐいをかぶっている人ならもっといて、
その下に、つやつやの金の髪をきっちりと結い上げていなさったりすると、
ついのこととて視線が奪われの、お顔を確かめてしまいもする。
そんな自分へ、旅の連れ合いが言ったのが、

 『あれのあの髪形は、そうそう見受けられはすまい。』

それもそうだと思い出し、
それからはお帽子へだけ気を取られることは少なくなった久蔵だったが。
「…。」
「? いかがした?」
くいと袖を引かれたのへと応じてのこと、
少しほど眼下になるこちらを見下ろして来た勘兵衛へ、
何を恐れてか、それとも感じ入ってか、
こちらへとその身を擦り寄せつつも、視線はじっと前方を見やる彼だと気がついて。
一体何を見てのこの態度かと、同じ方向を見やった壮年殿が、
おおと思わずのこと、やはり感じ入って見せてのそれから、

 「案じるな、久蔵。同じよな髪形ではあるが、あれは別人ぞ。」

それに…よく見や、髪ではなく金の色した羽をつけておいでのご婦人ではないかと、
こんなにも言葉少なな反応で、
誰と取り違えたのかを察してやれるようになっておいでの愛妻家。
目鼻立ちの華やかな、美麗で色白なご婦人であったこと、
それから、その髪形が、おっ母様のあのおまげに似て見えたことから。
ついうっかりと間違えたか…それとも。

 「離れておるうち、顔の見分けがつかぬよになってしまったかと案じたか?」
 「〜〜〜。////////

自信がなくての、つい、
ねえ確かめてと勘兵衛にすがってしまったところまでお見通し。
それほども、虹雅渓に戻ってなかったものかと気づいて、

「…今かかっておる仕事が片付いたら、蛍屋へ戻ろうな。」
「…っ。(頷っ)」

途端に、思い切りくっきりと意思表示なさる現金さへこそ、くくと吹き出し、
そんな反応の意味までは判らぬ若妻から むうとむくれられている壮年殿であったりし。
シチのあの頭か?
そうさの、どういう趣向か、訊いた事があったようななかったような。
初めて訪のうた小さな小さな街、雑踏の中に紛れつつ、
一緒に居なくとも大切な人を想っての、
他愛ない語らいの傍ら、互いへの暖かな眼差しを搦め合う。




  …? どうされましたか? 久蔵殿。そんな血相変えて跳ね起きて来て。
  はい? アタシと同じ髪形をした、
  それも金髪の殿御が山ほど出てくる夢ですって?

  この頭はアタシの故郷の○○の郷では成年男子が必ずする頭だからって、
  そこへ行けば同じような髪の者がたんといると?
  そうですか、勘兵衛様が仰せでしたか。
  何でまた、そうもいい加減な出まかせを…。

  え? アタシがいなくて怖かった、ですって?
  あらあら、いやですよう。////////
  夢と気づかず、懸命に探して下さったのですか?
  いつまでたっても甘えたさんですねぇvv
  ええはい、居なくなったりなんかしませんて。
  お部屋まで送りますから、も一回寝ましょうね?
  まだ明け方には早いですよ?
  何でしたら、お泊まりののお隣りの離れに帰って寝直しましょうか?


    …… おっ母様、さりげなく意地悪だぞ、それ。
(苦笑)





  〜どさくさ・どっとはらい〜 07.11.04.


  *所謂ひとつの小ネタ集でした。(苦笑)
   どちらかというと
   絵描き様に四コマまんが何ぞにして頂いた方が、
   判りやすくて面白いんじゃなかろうかというネタだったので、
   長い話にでも織り込むかなと置いといたののサルベージです。
   も一個“シマダ鍋”というのもありましたが、
   そっちはオチが無さすぎるのでさすがに没にしました。

  *シチさんの三本まげの方は、
   何であんなややこしいのを、それも大戦中から結ってたのかなと思いまして。
   どんな修羅場ででも彼だと見分けられるようにという“目印”説を拝見して、
   それへ大ウケしたのが発端なのですが。
   実際のところ、どうなんですかね。

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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